プロフィール

1973年9月12日生まれ。明治大学商学部卒業。富士通株式会社グローバル営業部に10年勤務し、米国を中心に同社の事業を牽引し、その後独立。

「地域貢献」を志し、飲食、内装、不動産事業を立ち上げ、在宅医療専門クリニックとの出会いをきっかけに在宅医療の分野にも足を踏み入れる。

神奈川県松田町では、松田町の国際化事業の入札を獲得、外国人誘致による町おこしに成功した。

国際的業務は多岐に渡り、ホテル経営、旅行会社経営、ハラール対応の飲食店経営や、ジャカルタに法人を設立するなどの、国際的な活動や幅広い経験が認められ、2018年から現在、産業能率大学の客員教授として教鞭をとっている。

自己紹介

家族 : 妻、長男
趣味 : 飛行機、船舶の操縦
座右の銘 : Whether you think you can or you think you can't, you're right. できると思っても、できないと思っても、必ずその通りになる。     By.Henry Ford

政治家を目指したきっかけ

私は富士通を辞めた後、在宅医療のクリニックでお世話になっておりました。

在宅医療のクリニックでは、医師とともに患者さんのご自宅や老人ホームに行き、 必要な処置、医学管理、投薬管理を行うという日々を過ごしました。

そこで直面したのが、その介護にあたられているご家族の身体的負担、 精神的負担、経済的負担でした。

患者さんの負担はもちろん、ご家族の負担も出来るだけ軽くしてあげたい。
このような思いで、政治家を志しました。

患者さんの容態はまちまちで、安定している方もいれば重篤な方もいます。

いくら愛する家族とは言え、24時間365日のつきっきりの介護というものは、 そのご負担は計り知れないものがあります。

昭和を支えて下さった大先輩に、恩返しをしたい。

我々若い世代がしっかりと高齢者を支え、世の中を支え、次の世代を育てていく。

私は会社を経営しております。
大学の客員教授もしております。
そして、政治家を目指し、産官学連携、全ての立場から実現していきたい。

これが私の政治にかける思いです。


略歴

1973年9月12日生まれ

明治大学商学部 卒業

アセットフロンティア株式会社 代表取締役

産業能率大学 客員教授

豊島区議会議員選挙 自民党公認候補


  • 農林水産省インバウンドセミナーにて

  • 北京郵電大学(中国)での講義

  • 産業能率大学での講義

  • インドネシアへの飲食店出店

  • 災害対策への研究

学生時代の私

都立小山台高校

高校では放送部・弦楽部に所属する傍ら、生徒会長を3期(半期x3回)、努めました。 文武両道の小山台高校、最近では野球が強く、OBとしても毎年の高校野球のシーズンが楽しみです。

明治大学 商学部 大学時代のハイライトは、テニスサークルでの活動、ゼミ活動、イギリス・オーストラリアでの語学留学です。 中でもゼミ活動ではゼミ長を務め、夏休みも共同論文執筆のため毎日大学に通っていました。マーケティング専攻ゼミということで、3年次・4年次では、しっかりとマーケティングを学びました。

社会人となって
ニチメン株式会社(現双日株式会社)に就職

新人の頃は、東京木材第三部ニュージーランド材課に所属、その後アジア南洋材課に異動。

しっかりと商社マンの基礎を勉強し、貿易実務、商いの基本を叩き込まれました。 印象的だったのは、マレーシアの奥地に出張に行った際のことです。スピードボートという小さな船に乗り、カフェオレの色のような河川を上流に向かうこと数時間、漸くついたジャングルの中の木材製材所に商談に行くということでした。ザ・商社の商活動ですが、こういう経験が現在の海外での活動の礎にもなっていると思います。

富士通株式会社に転職

当時、富士通では、その就業規則において起業することは禁止されておりませんでした。現に、リーマンショックの後はワークシェアリングと称して、グループ会社にて一部副業を認めるという動きもあり、その頃すでに起業していた私は、「サラリーマンの副業」というテーマでワールドビジネスサテライトにも出演、それ以降、様々なメディアに登場させて頂くこととなりました。不動産、飲食で起業。仲間と組んで飲食店開業塾を行い、内装事業、飲食店プロデュースを行うなど事業を拡大していきました。

2010年、富士通を退職、完全独立へ、複数の会社の立ち上げへと
在宅医療との出会い

既存事業を拡大する中、友人を介した出会いから、在宅医療の道へと進みました。神奈川県にて在宅医療のクリニックでOJTを受け、いつかドクターとともに開業を夢見ながら、日々、患者さんの居宅、老人ホームなどにドクターと共に行き、必要な処置を行うなどしていました。その中で直面したのが、介護にあたられている方の身体的負担・精神的負担・経済的負担です。ご本人はもちろん、介護をするご家族のこの負担を、できるだけ軽減したい。このような思いを強くしました。この医療業界での経験が、私を政治家への道へと後押しした大きな要因です。既に飲食業界の経験が長くなっていた私は、この後、老人ホームのレストランをプロデュースすることになりました。

この時、必要な知識として介護職員初任者研修を受けました。実際、要介護状態になってしまうと、本当に食事の楽しみが、一番の楽しみであるというケースは多かったように思います。要介護の方の食事はどのようにしたら美味しく、楽しく、召し上がって頂けるのか?ホームのレストランで採用した料理人たちと議論し、栄養士らと吟味し、リクエスト食で有名な淀川キリスト教病院にも見学に行くなどして、どうにかして塩分をあまり使わず、美味しく健康的に、歯が弱い方も、美味しく食べることができるメニューを開発しなくては・・!と必死で頑張ったのも良い経験です。

内科クリニックの立ち上げ

そんな活動をしている中、いよいよ内科のクリニックを立ち上げることとなりました。 立ち上げ事務長として約2年間、執務させて頂きました。この事務長の経験を通じ、さらに医療業界における見識が広がりました。このような経験をさせて頂いた院長にはとても感謝しています。思えばこの時期に豊島区にある女子栄養大学の先生方より、いろいろとアドバイスを頂きました。このような形でまた豊島区にご縁ができたことを不思議なご縁と思い、改めて感謝して頑張って参りたいと思います

このように、医療業界で活動した経験から、昭和を支えて下さった人生の大先輩に恩返しをしたい。「高齢者に恩返しを!」この思いを強く訴えていきたいと思います。

松田町での国際化プロジェクト

在宅医療のクリニックでのご縁から、神奈川県松田町の町長より、「東京オリンピックに向けて松田町を国際化したい」というご要望を受け、英会話学校を経営する友人と、松田町の事業へと乗り出しました。(GOOVER ENGLISH SCHOOL) 米軍基地、各国大使館、語学学校などに声をかけ、集めること100人以上(公式の招待は29名)が松田町の夏祭り(あしがら花火大会)に参加してくれました。

ウバイ祭りと松田町の観光を通じ、町民の方々と交流会を開くなどの催しを主催しました。 このプロジェクトの中で感じたのは、「やはり日本人はもっと英語を話せた方がいい」ということです。英語を習う環境は日本では人によります。学校で習っていれば話せるようになるかというと、皆さんが一番良くわかってらっしゃると思います。 その中で出たアイディアが、「児童館に英語ネイティブスピーカーを!」という政策です。

新たなパートナーシップ

事業活動をしていると、次々と新しい協業が発生していきます。昔から縁のあったパートナーと旅行会社を立ち上げ、大阪でホテルを経営するなど、新たな挑戦もしてきました。 そのパートナーとは、ハラール対応のラーメン店・レストランを立ち上げるなど、インバウンド向けの旅行・飲食の対応、そして更に新たなパートナーも加わり、化粧品の製造販売会社の立ち上げ、そして豊島区のパートナーと不動産事業で提携するなど、新しいパートナーシップは次々と広がっていきました。

中でも豊島区に本社を置くパートナーとの協業によりインドネシアで法人を立ち上げ、店舗の経営を始めたのもとても大きな転換期となりました。そのパートナーをきっかけに、豊島区内でまた新たな動きが次々と生まれてきております。

災害対策にかける思い

私が憧れる先輩議員さんが何人かいますが、その一人が携わっているMRD(日本医療資源開発促進機構)のフォーラムにはいつも参加させてもらっています。医療業界にいた者として、災害時の医療はどのようにすべきか、専門家の先生方のセミナーやパネルディスカッションで勉強させて頂いております。

災害そのものを食い止めるのは非常に困難ではありますが、いざ災害が起きてしまった時にどうすれば良いのか。平時の今だからこそ、地道に備えていかなければなりません。 私は40台なかばではございますが、私が子供の頃には、夏に気温が40度を超えるなどという日はなかったと思います。2018年のように、こんなに多くの大雨が日本を襲うということはまれだったと思います。日本列島を、世界をとりまく気象環境が年々大きく変わっている中、我々は環境の変化についていかなければならない。災害から「想定外」の文字を無くすこと!そして災害に最強の豊島区をつくる決意を致しました。

目標であった大学客員教授に就任

現在お世話になっている産業能率大学では、客員教授として随時、教鞭をとっております。

2016年より約2年間、ゲストスピーカーとして授業に登壇しました。2018年から客員教授を拝命しております。産業能率大学は特徴のある大学で、教授陣の多くは、社会人として一般企業に努めた経験が多い方ばかりです。実践的な大学教育の中、私のような起業家にもお声掛け頂いたということだと思います。そして私が目指す「産学官連携」の理想的な姿がそこにありました。
例えば、「石垣市xユーグレナx産業能率大学x自由が丘商店街」のプロジェクトを筆頭に、産学官連携の実績が多数あります。 (産能大の地域創生プロジェクト

私も立場上、学生さんたちと接することが多いですが、学生さんたちの熱い思いを是非、地域の活性化に結びつけていきたい!と思っています。「学生パワーで町おこしを!」 豊島区内には、有名な大学が多数あります。是非、区内の学生さんたちと連携し、豊島区の更なる発展に貢献し、さらに学生さんたちの、「地域貢献したい、社会貢献したい」という思いをお手伝いしたいと思います!そして学生さんたちには、しっかりと希望の職種に就職できるよう、支援活動も行って参りたいと思います。 (※私の政治活動はあくまで個人の活動であり、産業能率大学が公式に支援しているという事実はございません。)

プライベートでは

私には未就学児、息子が一人います。まだまだ小さくてかわいい盛りですが、子育てママの苦労はこれまた計り知れないものがあります。そんな中で参加したことがあるのが、当時品川区の児童館が主催した「父親育ちのワークショップ」でした。子育ての知識をしっかりと勉強し、父親はどうやったら母親の苦労がわかるか(完全にわかることは一生ないかもしれませんが・・)、どうやったらもっと母親の支援ができるか、そんなことをたくさんの父親が集い、学ぶ、父親のためのワークショップです。私も、まだまだ父親として、子を持つ夫として半人前だと毎日反省しきりですが、このようなワークショップで、父親も主体的にどんどん子育てをし、子育てママを支援する、この動きを豊島区全域に広げていきたいと考えています。

豊島区議会議員選挙 公認候補 自民党豊島区議団

しますえさとし(島居里至)

しますえさとし後援会 事務局:東京都豊島区南大塚3-47-8-303
電話:03-4531-9962

しますえさとし著書の紹介